歴代スペイン王名一覧

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王名 統治国
在位
王朝名
備考
1 イザベル1世
Isabel Ⅰ
カスティーリャ
1474~1504
スペイン
1469~1504
トラスタマラ家
Trastámara
夫婦 共にカスティーリャ王国王エンリケ2世の玄孫同士の王女イザベル1世(生年1451~1504年没)と、アラゴン王国王フェルナンド2世(生年1452~1516年没)が結婚し、 スペイン(カスティーリャ・アラゴン連合王国)が誕生した。 しかし、貨幣制度などは統合されず、あくまで対等の独立国同士の連合となった。 1492年にグラナダ王国を滅ぼしたことで、ローマ教皇より「カトリック両王」の称号を受けた。 一男四女をもうけ、長女イザベルはボルトガル王マヌエル1世と結婚、長男ファンはオーストリアのフィリップ公の妹マルガリータと結婚、次女ファナはオーストリアのフィリップ公(フェリペ1世)と結婚、三女マリアはボルトガル王マヌエル1世の後妻になり、 四女カタリーナはイングランド王子アーサー、ヘンリ8世と結婚させた。 コロンブスの航海を援助した。
フェルナンド2世
Fernando Ⅱ
アラゴン
1479~1516
スペイン
1469~1516
2 ファナ
Juana
カスティーリャ
1504~1555
前両王イザベル1世とフェルナンド2世の次女。 夫フェリペ1世との共同統治。 夫の浮気によりノイローゼになり、1506年に夫が亡くなると錯乱した。 そのため1508年、父王フェルナンド2世により、トルデシリャス城に幽閉された。 生年1479~1555年没。
フェリペ1世
Felipe Ⅰ
カスティーリャ
1504~1506
(スペイン・)
ハプスブルグ家

Habsburg
神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の息子で、オーストリアのフィリップ公。 妻フアナとの共同統治。 浮気を繰り返した。 生年1478~1506年没。
3 カルロス1世
Carlos Ⅰ
(カール5世)
Karl V
スペイン
1516~1556
神聖ローマ皇帝
1530~1556
息子 前カスティーリャ女王のフアナと共同統治していたオーストリア出身のスペイン・ハプスブルグ家出身の夫フェリペ1世の息子。 当初フランス語しか話せなかったが、スペイン語を習得した。 1519年、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世が死亡すると、神聖ローマ皇帝カール5世を兼ねることになった。 莫大な領地を持つことになったが、更に1521年アステカ帝国(メキシコ)、1533年インカ帝国(ペルー)を滅ぼし植民地とした。 しかし、その領地の防衛に疲労し、1556年自ら退位して、修道院に入った。 その時、領地を二分したために、オーストリア系ハプスブルグ家とスペイン系ハプスブルグ家に分かれてしまった。 生年1500~1558年没。
4 フェリペ2世
Felipe Ⅱ
スペイン
1556~1598
ポルトガル
1580~
息子 先代王カルロス1世の息子。 1571年オスマン帝国を破ったことで無敵艦隊(アルマダ Armada)の名前を世界に示した。 ポルトガル王位も持った。 あまりの領地の広さにより首都マドリードで書類の決裁に追われたため、「書類王」と呼ばれた。 イングランド女王メアリ1世 Mary Ⅰと結婚したが死別した。 その後エリザベスⅠ世 Elizabeth Ⅰに求婚したが拒否され、両国の関係は悪化した。 敬虔なカトリックだったため、プロテスタントを弾圧した。 生年1527~1598年没。
5 フェリペ3世
Felipe Ⅲ
1598~1621 息子 先代王フェリペ2世の息子。 娘アンヌ・ドートリッシュ Anne d'Autriche,はフランス王ブルボン家のルイ13世 Louis XIIIと結婚した。 生年1578~1621年没。
6 フェリペ4世
Felipe Ⅳ
1621~1665 息子 先代王フェリペ3世の息子。 文学や芸術に熱心だった。 30年戦争でイタリア、ネーデルランドを失い、ポルトガル王国も独立した。 フランス王女イザベルと結婚したが、妻は早世、王子も早世した。 姪のマリアーナと再婚し、カルロス2世をもうけた。 生年1605~1665年没。
7 カルロス2世
Carlos Ⅱ
1665~1700 息子 父王フェリペ4世の死に伴い、わずか4歳で即位したが、病弱だったため、9歳で死亡した。 ナポリア王、シチリア王も兼ねた。 次王にはアンジュー公フィリップに指名して、死去した。 生年1661~1700年没。
8 フェリペ5世
Felipe Ⅴ
1700~1724 ブルボン家
Bourbon
親戚 先々王フェリペ4世の末娘マリー・テレーズ Marie Thérèseとフランス王ブルボン家ルイ14世 Louis XIVの孫。 ヴェルサイユ宮殿で生まれた。 マリーはこの結婚に伴い、スペインの王位継承権を放棄していた。 フランスの増長を恐れたオランダとイギリスは、オーストリア・ハプスブルグ家カール公のスペイン王位継承を主張したため、継承戦争が起こった。 しかし、カール公が神聖ローマ皇帝カール6世になってしまい、今度はハプスブルグ家の増長を抑えるため、継承戦争は終結した。 またこの時、ブルボン家派のカスティーリャ王国とハプスブルグ家派のアラゴン王国に二分されたが、フェリペ5世はこの両王国の統一に成功した。 アメリカの「$」の二本の縦線はフェリペ5世の紋章の名残り。 生年1683~1746年没。
9 ルイス1世
Pippin Ⅲ
1724
1724年、父王フェリペ5世より王位を譲られたが、天然痘により死亡した。 生年1707~1724年没。
10 フェリペ5世
Felipe Ⅴ
1724~1746 父親 1724年に息子ルイス1世に王位を譲っていたが、わずか7ヶ月で死亡したため、復位した。
11 フェルナンド6世
Fernando Ⅵ
1746~1759 息子 父王フェリペ2世の次男。 生年1713~1759年没。
12 カルロス3世
Carlos Ⅲ
1759~1788 父王フェリペ5世の三男。 影響力を持っていたカトリック教団イエズス会を追放した。 同盟国フランスを支援するために7年戦争(1756年)、アメリカ独立戦争(1775年)に参戦した。 生年1716~1788年没。
13 カルロス4世
Carlos Ⅳ
1788~1808 息子 父王カルロス3世の息子。 即位の翌年に起こったフランス革命において、同じブルボン家のルイ16世を救おうとしたが、処刑された。 革命後、フランスと再び同盟を結ぶが、フランスのナポレオン1世 Napoléon Ⅰに利用され、スペインの国力は低下する。 生年1716~1788年没。
14 フェルナンド7世
Fernando Ⅶ
1808 息子 1808年、国力の低下していたことで、民衆に担ぎ出され王位に就こうとしたが、ナポレオン1世に退位されられた。 生年1784~1833年没。
15 カルロス4世
Carlos Ⅳ
1808 父親 ナポレオンに1世により息子フェルナンド7世が退位させられたため、復位した。 生年1716~1788年没。
16 ホセ1世
José Ⅰ
1808~1814 ボナパルト家
Bonaparte
ナポレオン1世の策略によりその兄ジョセフ Josephがホセ1世として即位した。 1806年にナポリ国王、1808年にスペイン国王となったが、国民の反感を買った。 生年1768~18446年没。
17 フェルナンド7世
Fernando Ⅶ
1814~1833 ブルボン家
Bourbon
ナポレオンの没落により復位した。 絶対王政の回帰を目指すが、議会によって反対された。 生年1784~1833年没。
18 イザベル2世
Isabel Ⅱ
1833~1868 イザベルの即位に伴い、スペインは立憲君主制となった。 1868年の革命により、フランスに亡命した。 生年1830~1904年没。
第一共和制
1868~1873
19 アルフォンソ12世
Alfonso Ⅶ
1874~1885 ブルボン家
Bourbon
母女王イザベル2世の息子。28歳で亡くなった。 生年1857~1885年没。
20 アルフォンソ13世
Alfonso XⅢ
1886~1931 息子 父王アルフォンソ12世の息子で、誕生と共に即位した。 1931年、国外に亡命した。 生年1886~1941年没。
第二共和制
1931~1936
5年で内戦状態になった。
フランシスコ・フランコ
Francisco Franco
スペイン総統
1939~1975
軍事独裁政権
ナチスドイツやイタリアのファシスト政権の援助でスペイン総統となった。 生年1892~1975年。
21 ファン・カルロス1世
Juan Carlos Ⅰ
スペイン国王
1975~2014
ブルボン家
Bourbon
アルフォンソ13世がローマへの亡命中に生まれた孫。 総統フランシスコ・フランコの死を持ってスペイン国王位に即位した(王政復古)。 1978年に立憲君主制になった。 資産隠しの疑惑を持たれている。 生年1938~。
22 フェリペ6世
Felipe Ⅵ
2014~ 息子 父王ファン・カルロス1世の相続財産を放棄した。 生年1968~。
※7年戦争・・・オーストリア継承戦争でハプスブルグ家が奪われたシュレージエンをプロイセン Preußen(ポーランド辺り)から奪回しようとしたことが発端の戦争。
※創作物に使用する場合は敬意をもって使用のこと。
※世数表示は見間違いを防ぐため、アラビア数字で表記した。
※(?)=調査、確認中。
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